ブルー水素製造におけるCCUS技術の進展と政策的支援の方向性
はじめに
水素は脱炭素社会構築に向けた重要なエネルギーキャリアとして注目されています。その中でも、天然ガスなどを利用して製造される水素から製造過程で発生するCO₂を分離・回収し、地中などに貯留するCCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)と組み合わせることで低炭素化を図る「ブルー水素」は、現在のエネルギーインフラを活用しつつ、比較的早期かつ大規模な水素供給を可能にするアプローチとして期待されています。
政策担当者にとって、ブルー水素の導入拡大は、国内のエネルギーセキュリティ確保や産業競争力強化に寄与する可能性があります。本稿では、ブルー水素製造の鍵となるCCUS技術の最新動向を概観するとともに、そのコスト構造、主要国の政策事例を分析し、ブルー水素の普及に向けた政策的支援のあり方について考察します。
ブルー水素製造とCCUS技術の概要
ブルー水素の主な製造方法は、天然ガスの水蒸気改質やオートサーマル改質など、既存の化石燃料改質プロセスにCCUSを組み合わせるものです。このプロセスで発生するCO₂を高い回収率で分離・回収し、利用(Utilization)するか、あるいは安全かつ永続的に地中(Storage)に貯留することで、グレー水素と比較して大幅なGHG排出量削減を実現します。
CCUSは以下の主要な要素から構成されます。
- CO₂分離・回収: 排出源からCO₂を分離・濃縮する技術です。吸収法、吸着法、膜分離法、深冷分離法など様々な技術開発が進んでいます。製造プラントの種類やCO₂濃度、圧力などに応じて最適な技術が選択されます。効率向上とコスト削減が継続的な課題です。
- CO₂輸送: 回収されたCO₂を貯留サイトや利用場所まで輸送する技術です。パイプライン輸送が一般的ですが、船舶、タンクローリーによる輸送も検討されています。パイプライン網の整備は大規模な初期投資を伴うため、政策的な支援や規制環境の整備が重要です。
- CO₂貯留: 回収されたCO₂を安全に長期にわたり地中深くに圧入・貯留する技術です。枯渇油ガス田、帯水層、石炭層などが貯留サイトとして検討されます。貯留サイトの探査・評価、安全な圧入・モニタリング技術が不可欠であり、地震リスクや地下水汚染リスクへの対応も必要です。
- CO₂利用 (CCU): 回収したCO₂を化学品製造(メタノール、合成燃料など)、コンクリート製造、石油増進回収(EOR)などに利用する技術です。CCUはGHG排出量削減に加え、新たな産業創出の可能性を秘めていますが、利用先によって排出量削減効果は異なり、市場性の確立が課題となる場合があります。
CCUS技術の最新動向
CCUS技術は継続的に進化しており、特に分離・回収技術においては、既存の化学吸収法に比べてエネルギー消費やコストを低減する新たな吸収液やプロセスの開発、膜分離や吸着材を用いた次世代技術の研究開発が進んでいます。これらの技術進展は、ブルー水素製造コストの低減に直結します。
また、CO₂の輸送・貯留に関しても、より効率的かつ安全な技術やサイト評価手法の開発が進展しています。特に、複数の排出源から回収したCO₂を共通のインフラで輸送・貯留する「ハブ・アンド・スポーク」型のシステム構築に向けた検討や、国際的なCO₂輸送・貯留ネットワークの可能性が議論されています。
ブルー水素製造コスト構造と政策的課題
ブルー水素の製造コストは、主に天然ガス価格、製造プロセスの効率、そしてCCUSのコスト(分離・回収、輸送、貯留)によって変動します。現状では、再生可能エネルギー由来のグリーン水素と比較してコスト競争力を持つ場合が多いですが、天然ガス価格の変動リスクや、CCUSにかかる初期投資および運用コストが大きな割合を占めます。
政策的な課題としては、以下が挙げられます。
- コスト競争力の向上: CCUS技術のコスト低減に加え、炭素価格メカニズムの導入や生産・投資補助金などにより、ブルー水素の経済性を向上させる必要があります。
- CO₂貯留サイトの確保と社会受容性: 国内における適切な貯留サイトの探査・評価、および地域社会の理解と合意形成プロセスが重要です。
- 排出量算定と認証: ブルー水素の低炭素性を客観的に評価するための、製造プロセス全体でのGHG排出量算定方法の確立と、その認証制度の整備が必要です。これは、国際的なトレードオフにおいてトレーサビリティ確保の観点からも重要です。
- インフラ整備: 大規模なブルー水素供給には、水素輸送パイプラインや、CO₂輸送・貯留インフラの整備が不可欠です。これには巨額の投資が必要であり、政策的な支援や規制緩和が求められます。
- 国際連携: CO₂貯留サイトや天然ガス資源の状況によっては、国際的な協力によるCO₂の越境輸送・貯留や、海外でのブルー水素製造・調達も選択肢となります。このための国際的な枠組みや協定の構築も政策課題です。
主要国におけるブルー水素/CCUS関連政策動向
米国、欧州、オーストラリア、カナダなど、多くの国がブルー水素を水素戦略の一部として位置づけています。
- 米国: 45Q税額控除など、CCUS関連プロジェクトに対する強力な税制優遇措置を導入しており、ブルー水素プロジェクトの推進に大きな役割を果たしています。また、水素ハブ構想においても、ブルー水素製造拠点の整備を支援しています。
- 欧州: 一部の国では、ブルー水素を特定の産業分野(例: 既存産業の脱炭素化)での移行期のソリューションとして位置づけつつ、グリーン水素への長期的な移行を目指しています。EU排出量取引制度(EU ETS)による炭素価格付けも、CCUSを含む低炭素技術への投資を促進する要因となります。ノルウェーなど、貯留ポテンシャルが高い国はCO₂貯留ハブとしての役割を目指しています。
- オーストラリア: 大規模なガス資源と貯留ポテンシャルを活かし、アジア市場へのブルー水素輸出を目指したプロジェクトが進行しており、政府もこれを支援しています。
- カナダ: 天然ガス資源が豊富であり、アルバータ州などを中心にブルー水素製造とCCUSプロジェクトが推進されています。政府はCCUSプロジェクトへの投資税額控除などを導入しています。
これらの事例から、主要国では税制優遇、補助金、インフラ整備支援、排出量算定・認証制度の整備などが、ブルー水素およびCCUS導入を加速させるための主要な政策手段となっていることがわかります。
政策的支援の方向性
ブルー水素製造におけるCCUS技術の進展を最大限に活かし、低炭素な水素供給を拡大するためには、多角的な政策的支援が必要です。
- 技術開発・実証への支援: CCUS技術のコスト低減、効率向上、安全性確保に向けた研究開発や実証プロジェクトへの継続的な支援が不可欠です。特に、特定の産業プロセスに最適化された分離・回収技術や、より経済的なCO₂輸送・貯留技術の開発が重要です。
- 投資インセンティブ: 初期投資が大きいブルー水素製造・CCUSプロジェクトに対し、税制優遇、補助金、低利融資などのインセンティブを設計することで、民間投資を喚起します。長期的なプロジェクトの予見可能性を高めるため、安定的な政策支援枠組みを示すことが有効です。
- インフラ整備: CO₂パイプライン網、水素パイプライン網、CO₂貯留サイトなどの共通インフラ整備は、個別の事業者が実施するにはリスクが高く、政策主導での検討・支援が求められます。規制環境の整備も重要となります。
- 市場メカニズムの活用: 炭素価格メカニズム(炭素税、排出量取引制度など)の導入・強化は、GHG排出削減技術としてのブルー水素・CCUSの経済性を高め、市場導入を促進します。
- 国際協力: 海外でのブルー水素製造・調達や、CO₂の越境輸送・貯留の可能性を追求するためには、国際的な政策対話や共同プロジェクト推進が不可欠です。資源国や技術先進国との連携を強化します。
- 規制・標準化: CCUSの安全性に関する規制、GHG排出量算定・認証に関する標準化、トレーサビリティ確保の仕組み整備などは、ブルー水素の信頼性を高め、国内外での取引を円滑に進める上で基礎となります。
結論
ブルー水素は、既存インフラを活用しつつ大規模な低炭素水素供給を比較的早期に実現しうる重要な選択肢です。その普及拡大は、CCUS技術の継続的な進展と、それを後押しする効果的な政策的支援にかかっています。
技術開発・実証支援、投資インセンティブ、インフラ整備、市場メカニズムの活用、国際協力、規制・標準化といった多角的な政策措置を戦略的に組み合わせることで、ブルー水素を含む多様な低炭素水素供給の促進を図ることが、脱炭素社会実現に向けた道筋において重要な一歩となるでしょう。主要国の政策事例を参考に、日本の状況に即した最適な政策ポートフォリオを構築していくことが求められます。