エネルギー安全保障と地域活性化に貢献:非再エネ由来水素製造の政策的意義と推進課題
導入:エネルギーミックス多様化における非再エネ由来水素の重要性
カーボンニュートラル実現に向けたエネルギー転換において、水素は多様な分野での脱炭素化に貢献するキーテクノロジーとして位置づけられています。水素の製造方法はその低炭素性を評価する上で重要な論点であり、再生可能エネルギー由来の「グリーン水素」の導入拡大が世界的に推進されています。一方で、エネルギー安全保障の強化や地域資源の有効活用、既存エネルギーインフラの柔軟な活用といった観点から、再生可能エネルギー以外のエネルギー源を用いた水素製造についても、政策的な検討が進められています。
本稿では、原子力、地熱、廃棄物といった非再生可能エネルギー源からの水素製造が持つ政策的な意義に焦点を当てます。これらの製造パスウェイが、日本のエネルギー安全保障の向上や地域経済の活性化にいかに貢献しうるのか、そしてその推進に向けてどのような政策課題が存在するのかについて分析し、今後の政策立案に向けた示唆を提供します。
主要な非再エネ由来水素製造技術の概要
非再生可能エネルギー源を用いた水素製造技術には、いくつかの主要なパスウェイが存在します。
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原子力由来水素製造: 原子力発電所の電力や排熱を利用して水を電気分解する、あるいは高温ガス炉の熱を用いて水を分解(熱化学法)することで水素を製造する方法です。原子力発電所は大規模かつ安定した電力供給が可能であるため、連続的な大量水素製造に適していると考えられています。技術的には、既存の電気分解技術の適用や、高温ガス炉と組み合わせた高効率な熱化学法の研究開発が進められています。政策的な意義としては、既設または今後の原子力インフラを活用できる点、国産エネルギー源である点を活かせる点が挙げられます。課題としては、原子力発電所の稼働状況への依存、安全性への懸念、熱化学法の商用化に向けた技術開発やコスト低減が必要となる点が挙げられます。
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地熱由来水素製造: 地熱発電で得られる電力や、直接得られる熱を利用して水を電気分解またはその他の方法で水素を製造する方法です。火山国である日本は豊富な地熱資源を有しており、再生可能エネルギーに分類される場合もありますが、本稿では地域固有の資源として、非再エネと区別して扱います。地熱資源は天候に左右されず安定供給が可能であり、地域分散型のエネルギー源としての特徴を持ちます。政策的な意義としては、未利用の地域資源活用による地域経済への貢献やエネルギーの地域内自給率向上に繋がる点が重要です。技術的には、地熱発電との連携、熱利用技術、プラント設置場所の制約といった課題があります。
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廃棄物・バイオマス由来水素製造: 都市ごみ、下水汚泥、廃プラスチック、農業残渣などの廃棄物やバイオマスをガス化または熱分解し、得られたガスから水素を製造する方法です。これは資源循環の観点からも重要であり、廃棄物処理とエネルギー生産を同時に行うことが可能です。政策的な意義としては、廃棄物問題の解決と同時に水素を製造できる点、地域で発生する廃棄物を活用できるため地産地消型のサプライチェーン構築に貢献できる点が挙げられます。技術的には、原料の前処理、ガス化・精製プロセスの効率化、不純物の除去などが課題となります。
非再エネ由来水素製造の政策的意義
これらの非再エネ由来水素製造パスウェイは、国のエネルギー政策において複数の重要な意義を持ちます。
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エネルギー安全保障の強化: 日本はエネルギー供給の大部分を海外に依存しており、エネルギー安全保障の確保は極めて重要な課題です。原子力や地熱といった国産エネルギー源を用いた水素製造は、エネルギー自給率の向上に貢献し、燃料調達に関する地政学的リスクを低減する可能性を秘めています。また、廃棄物・バイオマス由来水素も、地域内で発生する資源を活用することで、燃料供給網のレジリエンス向上に寄与します。
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地域経済の活性化と分散型エネルギーシステムの構築: 地熱発電所や廃棄物処理施設は特定の地域に立地しており、これらの施設と連携した水素製造は、新たな産業を創出し、雇用を生み出すことで地域経済の活性化に貢献します。また、地域で製造された水素を地域内で消費するモデル(地産地消)は、大規模な水素輸送インフラへの依存度を下げ、分散型のエネルギーシステム構築を促進します。これは大規模災害時などにおけるエネルギー供給の安定性向上にも繋がると考えられます。
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既存インフラの有効活用と新たな価値創出: 原子力発電所のような既存の大型エネルギーインフラを水素製造に活用することは、設備稼働率の向上や新たな収益源の確保に繋がり、既存資産の価値を高める可能性があります。また、廃棄物処理施設との連携は、従来の「処理」機能に「エネルギー製造」機能を付加し、社会インフラとしての多角的な価値を創出します。
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低炭素性への貢献: 原子力や地熱を用いた水素製造は、製造プロセスにおける直接的なCO2排出が非常に少ないという特徴を持ちます。ライフサイクルアセスメント(LCA)の観点からの評価や、低炭素性認証の枠組みにおける位置づけは国際的に議論されていますが、特定の条件下では非常に低いカーボンフットプリントでの水素供給が可能となります。廃棄物・バイオマス由来水素も、適切に管理されればカーボンニュートラルまたはネガティブな排出量となる可能性があります。
非再エネ由来水素製造の推進に向けた政策課題
これらの政策的意義を実現するためには、いくつかの課題を克服する必要があります。
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コスト競争力の向上: 非再エネ由来水素、特に原子力や地熱を用いた水素製造は、現状では再生可能エネルギー由来水素や化石燃料由来水素と比較してコストが高い傾向にあります。技術開発による製造コストの低減に加え、初期投資や運転コストに対する政策的な支援措置(補助金、税制優遇など)が、導入拡大には不可欠となります。
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技術開発と実証: 特に高温ガス炉と組み合わせた熱化学法や、高効率な地熱熱利用水素製造、廃棄物ガス化からの高純度水素製造など、商用規模での実証や技術的な最適化が求められる分野があります。これらの技術開発を加速するための研究開発支援や実証プロジェクトへの後押しが重要です。
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関連インフラ整備: 製造された水素を需要地へ輸送・貯蔵するためのインフラ整備が必要となります。既存エネルギーインフラとの連携(例:ガスパイプラインへの混入)の検討や、地域内での小規模分散型インフラ構築への支援などが論点となります。製造拠点の立地と需要地のマッチングも重要です。
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規制・標準化: 多様な製造方法に対応した安全規制の整備や、水素の低炭素性を評価・認証するための基準づくりが必要です。特に、廃棄物・バイオマス由来水素の「低炭素」または「カーボンニュートラル」としての位置づけや、トレーサビリティの確保に向けた枠組み整備が求められます。
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社会受容性の確保: 原子力発電所や廃棄物処理施設との連携には、地域住民や関係者からの理解と合意形成が不可欠です。安全性に関する正確な情報提供、地域経済への貢献といったメリットの共有、丁寧な対話を通じた社会受容性の醸成に向けた政策的な取り組みが重要となります。
結論:エネルギー戦略における非再エネ由来水素の位置づけ
原子力、地熱、廃棄物といった非再生可能エネルギー源からの水素製造は、再生可能エネルギー由来水素の普及と並行して追求すべき重要な選択肢です。これらのパスウェイは、日本のエネルギー供給源を多様化し、エネルギー安全保障の強化、地域経済の活性化、そして既存インフラの有効活用といった複数の政策目標達成に貢献しうるポテンシャルを持っています。
その実現には、技術開発支援によるコスト低減、関連インフラの計画的な整備、多様な製造パスウェイに対応した規制・標準化の整備、そして丁寧な対話を通じた社会受容性の醸成など、多角的な政策アプローチが必要となります。各地域が持つ固有のエネルギー資源や産業構造を踏まえ、最適な水素製造パスウェイを選択し、他の脱炭素技術との連携を図りながら、日本のエネルギー転換を推進していくことが求められています。非再エネ由来水素製造の政策的な位置づけと具体的な推進方策について、今後の政策議論における重要な論点となるでしょう。