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水素供給コストの地域間格差克服に向けた政策課題:国内外の現状と展望

Tags: 水素コスト, 地域間格差, 政策課題, サプライチェーン, 国際協力

はじめに

水素エネルギーの社会実装と経済性の確立において、供給コストの低減は極めて重要な課題です。一方で、水素の製造、輸送、貯蔵、そして利用に至るバリューチェーンの各段階におけるコストは、地理的な条件、資源の賦存量、インフラ整備状況、技術の成熟度、政策環境など、様々な要因によって地域間で大きく異なります。この地域間格差は、国内外の水素サプライチェーン構築の戦略や、需要創出・インフラ整備に向けた政策設計に複雑な影響を与えます。

本稿では、国内外における水素供給コストの地域間格差がどのように発生し、現状どのような状況にあるかを概観します。その上で、この格差を克服し、効率的かつ強靭な水素経済を構築するために政策担当者が考慮すべき課題と、今後の展望について考察します。

水素供給コストの構成要素と地域間格差の発生要因

水素の供給コストは、主に以下の要素から構成されます。

  1. 製造コスト: 水素製造技術(水電解、天然ガス改質+CCUS、石炭ガス化+CCUS、バイオマス利用など)に依存し、原料費(天然ガス価格、電力価格、バイオマス価格)、設備投資費、操業・維持費などが含まれます。
    • 地域間格差要因: 再生可能エネルギーの賦存量と電力価格、化石燃料資源の有無と価格、水資源の利用可能性、地質条件(CCUSに適した貯留層の有無)などが大きく影響します。例えば、再生可能エネルギーポテンシャルが高く、そのコストが低い地域ではグリーン水素の製造コストが低くなる傾向があります。
  2. 輸送コスト: 製造された水素を需要地まで輸送するためのコストです。形態(気体、液化、MCH、アンモニアなど)や輸送手段(パイプライン、船舶、トラック、鉄道)によってコスト構造が異なります。
    • 地域間格差要因: 製造地と需要地の地理的距離、既存輸送インフラ(ガスパイプラインなど)の活用可能性、新規インフラ(水素パイプライン、液化・積出ターミナルなど)の整備状況、輸送形態による技術的な課題とコストなどが影響します。長距離輸送では、水素キャリアへの変換や、大規模輸送設備の投資が必要となり、コストが増加する傾向があります。
  3. 貯蔵コスト: 水素を一時的または長期的に貯蔵するためのコストです。貯蔵形態(高圧ガス、液化水素、固体材料、地下貯蔵など)によってコストが異なります。
    • 地域間格差要因: 地質条件(地下貯蔵サイトの適性)、既存インフラ(タンクなど)の活用、地域における貯蔵技術の普及状況などが影響します。
  4. 供給・利用コスト: 需要地において水素を供給・利用するためのコストです。水素ステーションや産業設備への供給設備などが含まれます。
    • 地域間格差要因: 需要地の規模(大規模工場、モビリティ向けステーション網など)、需要密度、既存供給インフラからの距離などが影響します。

これらの要素が複合的に影響し合い、地域ごとに異なる水素供給コスト構造が生じます。

国内外における地域間コスト格差の現状

国内の地域間格差

国内においても、地域によって水素供給コストに差が生じています。 * 製造: 北海道や九州など再生可能エネルギーポテンシャルの高い地域では、将来的により安価なグリーン水素製造が可能となるポテンシャルがあります。一方、都市部や特定の産業クラスター近傍では、製造コストは既存の化石燃料由来水素や、遠隔地からの輸送に依存する可能性があります。 * 輸送: 国内の需要地は太平洋ベルト地帯に集中しており、水素製造ポテンシャルが高い地域から大消費地への輸送は主要な課題です。現状ではトラック輸送が中心ですが、大量輸送にはパイプラインや船舶の活用が必要であり、そのインフラ投資コストが地域間の供給コストに影響を与えます。既存の天然ガスパイプラインの水素混入・専送はコスト低減の可能性を示唆しますが、技術的・安全性の課題が存在します。 * 需要: 大規模な産業需要が見込まれる地域(製鉄所、石油化学コンビナートなど)では需要集積による効率化が期待されますが、中小規模の需要家が分散する地域では供給コストが高くなる傾向があります。

海外(国際サプライチェーン)における地域間格差

国際的な水素サプライチェーン構築においては、地域間格差がより顕著になります。 * 製造: 豪州、中東、北米、南米など、再生可能エネルギー資源が豊富で土地コストが低い地域では、日本国内と比較して安価なグリーン水素製造ポテンシャルが高いと考えられています。天然ガス資源が豊富な地域では、CCUSを組み合わせたブルー水素の製造も有力な選択肢となります。 * 輸送: 製造国から日本までの数千キロメートルを超える長距離輸送は、コスト構造に大きな影響を与えます。液化水素やアンモニア、MCHなど、それぞれのキャリア技術によって輸送コストやエネルギー損失が異なり、どのキャリアを選択するか、また関連する液化・脱水素プラント、船舶、受入基地などのインフラ投資コストが全体の供給コストを左右します。製造地と需要地のコストポテンシャルに加え、輸送インフラ整備の進捗状況が国際的な地域間格差を生み出す主要因となります。 * 政策・規制: 各国の政策支援レベル(補助金、税制優遇)、環境規制、貿易協定、認証スキームなどの違いも、国際的なコスト格差に影響を与えます。

地域間格差克服に向けた政策課題と展望

地域間コスト格差は、効率的な水素バリューチェーン構築と需要拡大の障壁となる可能性があります。この課題を克服するためには、多角的な政策アプローチが求められます。

国内における政策課題

  1. 地域特性に応じた支援策の設計: 再生可能エネルギーポテンシャルの高い地域での製造拠点形成を促す支援、大消費地での需要創出支援など、各地域の特性と強みを活かした政策設計が必要です。地域間の連携を促し、例えば地方で製造した水素を効率的に都市部に供給する仕組みを構築することも重要です。
  2. 国内輸送・貯蔵インフラの広域ネットワーク化: 地域間のコスト差を平準化し、安定供給を実現するためには、幹線となるパイプラインや大規模貯蔵設備の整備検討が不可欠です。既存インフラの活用可能性調査や、新規インフラ整備に向けた規制合理化、初期投資リスク低減のための支援策が論点となります。
  3. コスト評価・可視化ツールの導入と標準化: 地域ごとの水素供給コストを正確に把握し、投資判断や政策効果測定の基礎とするためには、共通の評価手法やデータ収集・分析基盤の構築が有効です。
  4. 地域住民との合意形成: 新規インフラ(パイプライン、貯蔵設備など)の建設には、地域住民の理解と協力が不可欠です。早期からの丁寧な情報提供と対話を通じた社会受容性の醸成も重要な政策課題です。

国際(国際サプライチェーン)における政策課題

  1. 国際サプライチェーン構築に向けた包括的支援: 安価な海外製造水素を国内に安定的に導入するためには、製造拠点での投資支援、輸送インフラ(船舶、ターミナル)への投資リスク低減策、さらには製造国との共同開発や資金供給メカニズムの構築が必要です。特に、初期段階の高コストを補填する制度設計が論点となります。
  2. 国際連携と制度調和: 水素の低炭素性評価・認証に関する国際的な相互認証、安全基準の調和、貿易円滑化に向けた二国間・多国間連携が、円滑な国際取引を可能にし、地域間格差に起因する課題を緩和します。
  3. 多様な水素キャリア技術の実用化支援: 液化水素、アンモニア、MCHなど、それぞれの水素キャリア技術には一長一短があり、製造地から日本までの距離やインフラ適性によって最適なキャリアが異なります。各キャリアの実用化・商用化に向けた研究開発支援や実証プロジェクトの推進、関連規制の整備が重要です。
  4. 地政学リスクへの対応: 特定地域への供給依存度が高まることによる地政学リスクを分散するため、複数の国・地域からの調達ソースを確保する戦略と、それを支援する政策が必要です。

結論

国内外における水素供給コストの地域間格差は、水素経済構築における避けられない現実であり、効率的なサプライチェーン形成と需要拡大に向けた重要な政策課題です。地域ごとの特性を理解し、国内の地域間連携と国内外の国際連携を戦略的に組み合わせることが、この課題を克服する鍵となります。

政策担当者には、単にコスト低減を目指すだけでなく、地域間のコスト構造の違いを考慮した柔軟な支援策、長期的な視点でのインフラ整備計画、そして国際的な制度調和とリスク分散への取り組みが求められます。技術開発の進展や大規模化によるコスト低減が進むと同時に、政策による地域間・国際間の適切な調整と連携が、持続可能な水素経済の実現に不可欠であると考えられます。