水素関連インフラ認証制度の国際動向:技術・標準化以外の政策的示唆
はじめに
水素エネルギーの社会実装を進める上で、製造、輸送、貯蔵、利用といったサプライチェーン全体にわたるインフラの安全性と信頼性を確保することは喫緊の課題です。これに関連し、技術的な適合性や国際標準化への対応に加え、インフラそのものの認証制度が世界的に注目されています。本稿では、技術や標準化の枠を超えた水素関連インフラ認証制度の国際的な動向を概観し、我が国の政策担当者が今後の政策立案において考慮すべき論点について考察します。
水素インフラにおける認証制度の多角的な側面
水素インフラの認証制度は、単に機器の技術基準への適合性を確認するだけでなく、その設置場所の安全性評価、運転・保守管理体制の品質保証、環境・社会的な持続可能性の評価など、多岐にわたる側面を含み得ます。これらは、インフラの信頼性向上、事故リスクの低減、そして最終的には社会全体の水素受容性の向上に不可欠な要素となります。
既存のエネルギーインフラや高圧ガス設備に関する認証制度は各国に存在しますが、水素特有の物性やサプライチェーンの複雑性を考慮した新たな、あるいは改訂された認証制度の整備が求められています。特に、以下の点が従来の認証の枠組みを超えた論点として挙げられます。
- 複合的なリスク評価に基づく安全認証: 圧力、温度、材料適合性に加え、漏洩検出・換気システム、火災・爆発リスク、地震等の自然災害リスクへの対応を含めた総合的な安全評価と認証。
- サプライチェーン全体の品質・トレーサビリティ認証: 製造地点から最終利用地点までの輸送・貯蔵過程における水素の品質維持(不純物混入防止等)や、低炭素性のトレーサビリティに関する認証。
- 環境・社会性評価を含む認証: インフラ建設・運用に伴う環境影響評価(水資源利用、土地利用等)や、地域住民への説明、リスクコミュニケーションを含む社会受容性確保のプロセス認証。
- デジタル化・サイバーセキュリティに関する認証: 監視制御システム等のデジタルインフラの安全性、サイバー攻撃からの保護に関する認証。
主要国におけるインフラ認証制度の国際動向
主要国では、水素インフラの展開を加速させるため、既存の規制枠組みの見直しや新たな認証制度の検討が進められています。
欧州連合(EU)
EUでは、再生可能エネルギー指令(RED II)に基づく低炭素水素の認証フレームワーク構築が進められています。これは主として水素の低炭素性を担保するためのものであり、サプライチェーン全体での温室効果ガス排出量を評価する仕組みが中心です。一方で、インフラの安全規制については、既存の指令(例: 圧力機器指令)を水素利用に合わせて適用・改訂する動きが見られます。また、各加盟国レベルでの設置許可や運用に関する認証プロセスも重要な要素となります。EU横断的なインフラ網構築を見据え、各国間の認証プロセスの相互承認や調和が今後の政策課題として議論されています。
米国
米国では連邦レベルでの規制に加え、各州や地方自治体が独自の規制や許可制度を設けています。水素インフラに関しては、NFPA (National Fire Protection Association) コードや ASME (American Society of Mechanical Engineers) 規格などの業界標準が広く参照され、これらに基づく第三者認証や当局の許可が重要視されます。特に、安全認証においては、リスクベースアプローチを用いた柔軟な評価手法の導入が検討されています。また、水素生産税額控除(45V)などのインセンティブ制度が、低炭素性に関する評価・認証の必要性を高めています。
オーストラリア
オーストラリアでは、州ごとに規制が異なりますが、連邦政府は水素戦略を推進しており、安全規制や標準化の調和を目指しています。既存の高圧設備や危険物に関する規制が水素インフラにも適用されますが、大規模プロジェクトの増加に伴い、プロジェクト固有のリスク評価に基づく認証や許可プロセスが重視されています。低炭素性に関する認証スキームも開発されており、国際的なサプライチェーン構築に向けた相互運用性が意識されています。
これらの国際的な動向から示唆されるのは、技術基準への適合性だけでなく、サプライチェーンの特性、安全管理体制、環境・社会性、そして国際的な相互運用性を考慮した多角的な認証制度の設計が不可欠であるという点です。
日本の現状と政策課題
我が国においても、高圧ガス保安法をはじめとする既存の法規制のもとで水素関連設備の安全確保が図られています。水素ステーションや燃料電池システムなど、特定のインフラについては技術基準や保安距離に関する細則が定められ、許可・認定制度が運用されています。また、グリーン水素の普及に向けて、低炭素性に関する認証・評価手法の検討も進められています。
しかしながら、水素エネルギーの利用分野拡大やサプライチェーンの長距離化・大規模化が進むにつれて、以下のような政策課題が考えられます。
- 既存法規の適用範囲と整合性: 既存の法規が、液体水素の長距離輸送や大規模な地下貯蔵といった新しい形態のインフラに十分に対応できるか、また関連法規間(例: 高圧ガス保安法、建築基準法、消防法など)の整合性をどのように確保するか。
- リスクベース認証の導入と評価能力: 複雑なインフラにおけるリスクを定量的に評価し、その評価に基づいて柔軟な認証を適用する能力をどのように高めるか。第三者認証機関の育成・活用も論点となります。
- サプライチェーン全体の品質・環境性認証: 製造から利用に至る各段階での水素品質管理や、ライフサイクル全体での環境負荷低減を担保するための認証制度をどのように設計するか。特に、海外からの調達が増える場合、国際的な認証制度との連携や相互承認が重要となります。
- 国際的な認証制度との調和: 主要国で検討・導入が進む多様な認証制度(安全、品質、環境性など)との間で、我が国の制度をどのように調和させ、国際的な水素貿易や技術交流を円滑に進めるか。
- デジタルインフラの認証: 水素インフラの運用・管理に不可欠となるデジタルシステムの安全性や信頼性をどのように認証するか。
これらの課題に対処するためには、技術開発の進展と並行して、法規制や認証制度の継続的な見直し、国際的な議論への積極的な参画、そして国内の認証・評価体制の強化が必要と考えられます。
結論
水素関連インフラの安全かつ円滑な導入には、技術基準への適合性確認や国際標準化に加え、サプライチェーンの特性、リスク管理、環境・社会性、国際的な相互運用性を考慮した多角的な認証制度が重要な役割を果たします。主要国ではこれらの観点から既存制度の見直しや新たな枠組みの構築が進められており、我が国もこうした国際的な動向を踏まえつつ、我が国の法規制との整合性を図りながら、より包括的かつ実効性のあるインフラ認証制度の設計を進めていく必要があります。政策担当者は、これらの認証制度が単なる規制遵守にとどまらず、水素サプライチェーンの信頼性向上、投資促進、そして国際競争力強化に貢献するものであるという視点を持つことが重要であると考えられます。