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水素の低炭素性評価・認証に関する国際的な動きと国内政策への示唆

Tags: 低炭素水素, 水素認証, 国際標準化, 水素政策, エネルギー政策

はじめに

水素エネルギーの導入拡大は、脱炭素社会実現に向けた重要な鍵となります。特に、製造過程における温室効果ガス排出量を抑制した「低炭素水素」の定義と普及は喫緊の課題です。低炭素水素が国際的に取引されるエネルギーキャリアとなるためには、その低炭素性を客観的に評価し、認証する枠組みの確立が不可欠です。現在、世界各国・地域や国際機関において、低炭素水素の評価・認証に関する議論が活発に行われています。これらの国際的な動きを把握し、日本の政策にどのように活かすかは、水素戦略を推進する上で極めて重要となります。

本稿では、低炭素水素の評価・認証に関する国際的な動向を概観し、主要国・地域の取り組み、国際機関の議論、そして日本の現状と課題について整理します。さらに、これらの分析を通じて、今後の国内政策立案に向けた示唆を提供します。

低炭素水素の定義と評価の多様性

「低炭素水素」とは、製造過程や原料、使用されるエネルギーの種類によって、温室効果ガス排出量が削減された水素を指しますが、その具体的な定義や排出量削減の基準は、現時点では国際的に統一されていません。一般的には、製造方法による分類(グリーン水素、ブルー水素、イエロー水素など)や、ライフサイクル全体での温室効果ガス(主にCO2e)排出量を基準とするアプローチが見られます。

ライフサイクル排出量の算定においては、原料採取から製造、輸送・貯蔵、最終利用に至るまでの各段階での排出量を評価する必要があります。しかし、算定範囲や算定方法、使用するデータ(デフォルト値か実測値か)などが異なるため、同じ製造方法であっても評価結果に差異が生じることがあります。この評価方法の多様性が、国際的な認証・標準化を複雑にする要因の一つとなっています。

主要国・地域における認証・標準化の現状

世界各国・地域は、それぞれのエネルギー事情や政策目標に基づき、低炭素水素の定義や認証スキームの構築を進めています。

欧州連合(EU)

EUは、再生可能エネルギー由来の燃料(RFNBOs:Renewable Fuels of Non-Biological Origin)に関する指令等を通じて、低炭素水素に関する詳細なルール構築を先行して進めています。特に、水素製造に使用される電力が再生可能エネルギー由来であることを証明する要件(追加性、時間的・地理的相関など)や、ライフサイクルGHG排出量の削減基準(EU基準化石燃料比で70%削減など)を具体的に定めています。EUのこれらの基準は、域内での水素取引だけでなく、EUへの水素輸出を検討する国々にも大きな影響を与えています。

米国

米国では、インフレ抑制法(IRA)に基づき、クリーン水素製造に対する税額控除(Section 45V)が導入されました。この税額控除の適用を受けるためには、ライフサイクルGHG排出量が一定の閾値以下である必要があります(例えば、排出量1kgCO2e/kgH2以下であれば最も高い控除額が適用)。排出量の算定方法や電力との関連性については、EUと同様、詳細なガイダンスの策定が進められています。米国のアプローチは、税制優遇を通じて低炭素水素の製造コストを低減し、国内産業を育成することに重点を置いていると言えます。

その他の国々

オーストラリア、チリ、カナダなど、水素輸出国を目指す国々も、自国の低炭素水素の競争力確保のため、独自の認証スキームや排出量算定ガイドラインの策定を進めています。これらの国々の基準は、将来の主要な輸出先である欧州やアジア市場の要求を考慮して設計される傾向が見られます。

国際機関・イニシアティブの動向

国際的な連携と整合性の確保に向けた議論も活発化しています。

これらの国際的な議論では、異なる認証スキーム間の相互承認(Mutual Recognition)の実現が重要な論点となっています。相互承認が実現すれば、国際的な水素貿易が円滑化され、市場の拡大が加速されると期待されています。

日本の現状と課題

日本においても、低炭素水素の定義や評価に関する検討が進められています。エネルギー供給構造高度化法に基づく非化石エネルギー源の利用促進に関連し、水素・燃料アンモニア供給事業者が満たすべき要件やGHG排出量に関するガイドラインの策定が進められています。また、既存の温対法に基づく排出量算定・報告制度との整合性も検討されています。

しかし、国際的な動きと比較すると、以下の点が課題として挙げられます。

  1. 国際基準との整合性: EUや米国等で具体化しつつある排出量算定方法や認証スキームとの整合性をどのように確保するか。特に、日本が将来的に水素輸入を行う際に、主要な供給国の認証をどのように受け入れるか、あるいは日本の認証を輸出国に受け入れてもらうための戦略が必要です。
  2. 認証スキームの具体化と運用: 低炭素水素であることを証明するための具体的な認証スキームをどのように設計し、誰が認証主体となり、どのように運用していくか。透明性、信頼性、実効性のある制度構築が求められます。
  3. 相互承認に向けた戦略: 国際的な相互承認の議論に積極的に参加し、日本の認証スキームが国際的に通用するものとなるよう、他国・地域との協力や制度設計の調整を進める必要があります。
  4. 国内サプライチェーンの構築: 国際的な基準を踏まえつつ、国内での低炭素水素製造、流通、利用を促進するための政策インセンティブと認証制度を連動させる必要があります。

政策立案への示唆

低炭素水素の評価・認証に関する国際的な動向を踏まえ、日本の政策立案においては以下の点が重要になると考えられます。

1. 国際的な基準形成への積極的参画と影響力行使

国際機関や主要国との対話を通じて、日本のエネルギー事情や技術開発状況を反映した国際基準の形成に主体的に関与することが重要です。日本の技術力や知見を活かし、実現可能で実効性のある基準づくりに貢献することで、将来の国際水素市場における日本の立ち位置を有利に進めることが期待されます。

2. 国内制度設計における戦略的なバランス

国際基準との整合性を確保しつつ、国内での低炭素水素導入を効果的に促進するための制度設計が求められます。厳格すぎる基準は導入の阻害要因となる可能性があり、一方で緩すぎる基準は国際的な相互承認や信頼性の確保を困難にします。国際動向を注視しながら、日本の国情に合わせた最適なバランス点を見出す必要があります。また、認証スキームは、トレーサビリティの確保やデジタル技術の活用なども視野に入れ、効率的で信頼性の高い運用を目指すべきです。

3. サプライチェーン全体を見据えた制度設計

低炭素水素の評価・認証は、製造段階だけでなく、輸送、貯蔵、利用に至るサプライチェーン全体に関わる要素です。認証制度の設計にあたっては、各段階でのGHG排出量算定方法や、異なるエネルギーキャリア(例: アンモニア、合成メタン)の評価方法との整合性も考慮に入れる必要があります。これにより、サプライチェーン全体での脱炭素化を効果的に推進することが可能となります。

4. 官民連携による国際協調と実証

政府主導で国際的なルールメイキングに参画するとともに、国内企業が海外で実施する低炭素水素プロジェクトにおける認証取得の課題を把握し、支援することが重要です。官民が連携し、実証プロジェクト等を通じて得られた知見を国際的な議論にフィードバックすることも有効なアプローチです。

まとめ

低炭素水素の評価・認証に関する国際的な議論は、水素経済の実現に向けた基盤づくりとして極めて重要なフェーズにあります。主要国・地域が独自のルール構築を進める中で、国際的な整合性や相互承認の必要性が高まっています。

日本が国際水素市場において確固たる地位を築き、国内での水素導入を円滑に進めるためには、これらの国際動向を正確に把握し、国際的な基準形成への積極的な参画、そして国際整合性を踏まえた実効性のある国内制度の迅速な構築が不可欠です。政策担当者には、技術的な知見と国際交渉の視点を併せ持ち、戦略的な対応を進めることが強く求められています。今後の日本の水素戦略において、低炭素水素の評価・認証に関する政策議論がさらに深まることが期待されます。